少年日記

少年が成長していく物語

【恋愛歴史学 第2回】本当はエロかった昔の日本

//恋愛歴史学講義

//2017年2月22日 第2回

//本当はエロかった昔の日本

//平安時代のタラレバ娘

 

皆様

お疲れ様です。めこです。

 

金融日記の管理人、藤沢数希さんの新作「損する結婚 儲かる離婚」が発売されました。

僕は「まだ子供」なので結婚は考えていませんが、数くんの新作なら絶対おもしろいでしょう。Kindle版が出たら読もうと思います。

「結婚制度のあり方」は人類の歴史の中でも長らく議論されてきました。

現行の日本の結婚制度は第二次世界大戦でアメリカにボコされた後、マッカーサーに「こんな感じで作っといて!」と言われて作った「憲法24条」に基づいています。

キリスト教風の一夫一妻制ですね。

 

少子高齢化が加速する日本では、離婚にかかるコストが重すぎてあまりイケてないのではと言われています。

結婚ゲームのルールをよく理解して、それを逆手にどう動くべきかという議論は他の人に任せるとして、僕は恋愛歴史学者として、昔の日本の結婚制度はどんなものだったのか、おっとりした大和民族にはどんな結婚制度が肌に合うのか調査することにしました。

調査を進めるうちに昔の日本人は特殊な結婚観を持つ、かなりエロい民族だったということがわかりました。

日本の3大エロ時代といえば「平安」、「江戸」そして「現代」ですが、今回は飛鳥、奈良、平安の頃の「古代の日本」について書きたいと思います。

それでは、よろしくお願いいたします。 

 

 1.本当はエロかった昔の日本

僕たちは同じように生まれたけど身体の作りが違わないか?

私の身体には閉じ合わない部分があるの。

僕の身体には余った部分があるよ。この余った部分で君の閉じない部分を刺してみよう

いいわ!

日本最古の歴史書「古事記」によると日本列島はイザナミとイザナギという2人の神様のセックスによって産まれます。二人は兄妹なので日本で最初のセックスは近親相姦だったようです。

このあとイザナミは次々と島や神様を産んでいきまが、火の神様ヒノカグツチを産んだ時に美蕃登(女性器)を火傷して死んでしまいます

このような「アソコが壊ちゃう神話」は世界中にあります。例えばエジプト神話のオシリス神やギリシャ神話のウラノス神などは男根をちょん切られてしまいます。性愛のパワーを信仰していた古代人にとって、性器の損傷というのは重要なテーマであったに違いありません。

しかしそのような神話において、日本には世界的に見ても稀な特徴があります。それは、「日本の神話には男根を切られるエピソードが存在しない。」ということです。

なぜ、日本には男根を切られるエピソードがないのか。これは古代の日本における女性の社会的地位を分析していけばよくわかります。

 

古代の日本は母系社会と呼ばれる母方の血筋が重視される社会でした。母系社会とは以下の特徴を持ちます。

  • 出自は母方の血筋をたどる
  • 財産は母方から子に相続される
  • 結婚後は夫婦は母方の家に住むか、夫が母方の家に通う

また、「就職」や「結婚」など人生を左右する重要な事柄も母親が決定権を持っていました。

平安時代は男が歌を送って気持ちを伝えたり、覗き見をして、女がオッケーを出せば、3日間女のもとへ通ってセックスした後、結婚が成立しました。この過程の途中で母親は男からの文をチェックしたり、時には勝手に返事をしたりしていたのです。

 

ローマや中国など財産が父から息子に相続される父系社会では、財産が違うタネの子に相続されたら一大事なので、女性に厳しい貞操義務が課せられます。

また、皇帝など権力者たちは妻の性を独占するために去勢された「宦官」を置きました。

俺以外とセックスしたらぶっ殺す。それでも信用できないから周りの男のアソコは切ってしまえ。」ということです。 

 

一方で古代の日本のような母系社会では、女性の性に対する締付けがゆるくなります。「どの父の子であるか」はそれほど重要ではないからです。

子は母方の財産で育つのだから、女が夫以外とセックスして子供を産んでも女の負担になるだけだから、別にいいんじゃない?」ということです。

 

そのような社会では男根を切る必要もなく、発想もありません。日本の神話に男根を切るエピソードが無いのは日本が母系社会だったからと思われます。中国から多くの影響を受けていたにも関わらず、日本に宦官が浸透しなかったのもそのためです。

平安中期の和泉式部は「生まれた子の父親は誰?」と聞かれ、

この世には いかがさだめん おのづから 昔を問はん 人に問へかし 

という歌を詠んでいます。

「この世のことはなんで決められましょう。前世の事を知っている人に聞いてくださいよ。」といったところでしょう。

  

このような傾向に拍車をかけたのは平安中期の「セックス政治」です。

平安時代の貴族は娘を天皇家に入内させ、生まれた皇子の後見役として政権を握ることを狙っていました。「娘の性」を権力闘争に使っていたのです。

ここで勝つためにはとにかく娘が他の女よりも少しでも早く天皇の子供を生む、つまり「天皇とセックスする」必要があります。

だから平安貴族は総力を上げて娘を「男がセックスしたくなる女」に育て上げました。長い髪を伸ばせるだけ伸ばし、脱がせやすそうな着物に、魅惑的な香り焚き付けて、「女であること」を全面にだしつつ、教養を身につけさせ、男を飽きさせない女にしたのです。

藤原道長のような大貴族はそうした「女子力」のある女を集めて「サロン」を作ることで天皇や有力貴族の足を運ばせ、生まれた皇子の外戚として繁栄しました。

皇帝の妻たちに仕える男は宦官に限るという中国の後宮と比べると、その違いは歴然としています。

 

また、古代の日本人は非常に魅力的で趣深い「人妻」という言葉を作り出しました。当時も人妻は「他の男の妻で、禁断の性の対象」というちょっとエロい意味で使われていましたが、これは「美魔女」などと同じように日本で作られた熟語です。中国では人妻をエロい対象として考えていませんでした。

奈良時代に作られた「万葉集」では、人妻は許されない恋の対象として甘くそそるような感じで詠われています。

うちひさす 宮道に逢ひし 人妻故に 玉の緒の 思ひ乱れて 寝る夜しそ多き 

「路で逢った人妻のせいで思い乱れて寝る夜が多いなぁ」

 

 人妻に 言ふは誰がこと さ衣の この紐解けと 言ふは誰がこと

「人妻を口説くのは誰?下着の紐を解けというのは誰?」

 

人妻をエロい対象として見るためには人の妻に手を出すということが「タブー」でありつつも実際に手を出しても厳しく罰せられない「ゆるさ」が認められる必要があります。

現在のフランスのように結婚制度が崩壊してしまっていたら人妻はエロくもなんともありません。一方で人妻とセックスしたら処刑するなんてルールがあったら、恐ろしくて欲情どころではありません。 

 

日本は飛鳥時代に唐から「律令」と呼ばれる法体系を取り入れました。「律」は刑法、「令」は民法です。この律令によって日本で初めて婚姻に係る規定が出来ました。唐では「結婚をしていない男女がセックスすると犯罪」でしたが、日本では「人妻の身でセックスをしたら(軽度の)犯罪」とゆるい規定でした。男が3日通ってセックスした後に婚姻成立、つまり「セックス→結婚」というのが古代の日本の正しい順番だったからです。

逆に言えば人妻とセックスすることはさすがにまずいと考えられていましたが、平安時代以降の「伊勢物語(10世紀初頭)」、「平中物語(10世紀半ば)」、「今昔物語集(11世紀頃)」には人妻との不倫がさも当たり前のように書かれているので、実際に罰せられることは少なく、形だけの法律となってしまったようです。

 

古代の日本には、あまり性を厳しく取り締まらない「ゆるさ」と性愛を良いものとして肯定する精神がありました。その最たるものが「宿世」という言葉です。もともとは仏教用語で「前世からの宿縁」を意味しますが、平安文学では「男女のことは何があっても前世から決まっている逃れられない運命だから仕方ない。」という意味で使われていました。さすがにまずいと思えるような人妻不倫も宿世の一言で許されしまうのです。

 

そのような時代の中で現在でも読まれる名作「源氏物語」は書かれました。物語の中では男が女に歌を送って何ヶ月もやり取りした後で、やっとセックスすると行った過程をふまず、男女関係の多くはあやふや形で始まります。その「曖昧さ」は登場人物たちをを苦しめていきますが、男女のことはすべて「宿世」だからと許されてしまいます。

この「ゆるさ」と「曖昧さ」が古代の日本の結婚制度の良さだったのではと僕は思います。

 

最後に母系的な社会も、一夫多妻制であったという事を強調したいと思います。

仁徳天皇は「古事記」の中で唯一「聖帝」と呼ばれる名君ですが、その妻イハノヘメノはとても嫉妬深かったそうです。他の女が宮殿に近づくだけでブチ切れていました。

それでも仁徳天皇は美人のクロヒメを寵愛したり、イハノヘメノが出かけている間にこっそり異母妹のヤタノワカイラツメとセックスしたりしています。そのたびにイハノヘメノはブチ切れるのですが、それを上手くなだめつつ、他の女へフォローもする様子が古事記には描かれています。これについて小学館の古典文学全集「古事記」の校注は

受け入れ和めて、すべて破綻なく調和させることが、大王たるものの徳なのである

と指摘しています。

 

多少の過ちは許してしまう「ゆるさ」「曖昧さ」、そして男は多くの女性を幸せにする「度量」が現代の日本に必要なものではないでしょうか。

 

2.コラム 「平安時代のタラレバ娘」

平安中期から末期になり、貴族が娘の性を道具に一族繁栄する「セックス政治」が盛んになるにつれ、父親を中心とした「家」への結束が強くなっていき、母系的な繋がりは弱くなっていきました。その結果、親が死んで困窮した「結婚できない女」や、父のいない子を抱える「シングルマザー」、貧しさ故に捨てられた「貧困女子」が急増しました。こうした時代背景から生まれたのが「玉造小町子壮衰書(たまつくりこまちしそうすいしょ)」という物語です。ヒロインは、美貌をたのんで結婚しなかった結果、親と死別した後は、召使いにも逃げられ、急速に落ちぶれて醜い老婆になってしまいます。平安末期になると、このような「美人で沢山男が言い寄ってくるんだから結婚しようと思えばいつで出来たのに、選り好みするからこういうことになるんだ。」という「男に反抗的な女」への見せしめ的な作品が続々と作られていきます。現代の日本とよく似た状況ではないでしょうか。

そして次第に武士が台頭してくると、日本は男中心の父系社会へと変貌していきますが、その話はまた今度。

 

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今回も長くなってしまいました。

恋愛歴史学第2回講義は以上です。いかがでしたでしょうか。

 

質問、要望、相談、その他なんでも承ります。

ご連絡は@mekomekonyanyaまでお願いいたします。

 

以上、よろしくお願いいたします。

【恋愛歴史学 第1回】古代ローマの人性観

皆様

 

お疲れ様です。めこです。

 

先日書いた記事で「現代のサラリーマンは古代ローマの奴隷と変わらない」と主張しました。

その後も調べてみたのですが、古代から現代までずっと変わらず続いている制度や習慣は奴隷制度の他にも沢山あることに気づき、とても驚きました。

学校でお勉強する歴史はコロコロ変わる支配者を暗記するゲームです。しかし、支配者がいくら変わろうとも一般の人々の人生は世代を超えても同じことの繰り返しのようです。

その中でも僕が特に面白いと思ったのは恋愛結婚について記されたものです。

古代人も現代の僕達と同じように恋をして、悩み、あの手この手で相手を口説き、失恋したり結婚したり、セックスしたりしています。

そこで歴史を振り返り当時の人々の生活を学ぶことで、現代社会においても豊かな恋愛を送るためのヒントが得られるのではないか、と思いつきました。

今を生きる皆様が抱える恋愛の悩みは大抵の場合、昔の人も同じように悩んでいたことだからです。

19世紀ドイツ帝国の偉大な政治家オットー・フォン・ビスマルクはこんな言葉を残しています。

Nur ein Idiot glaubt, aus den eigenen Erfahrungen zu lernen.
Ich ziehe es vor, aus den Erfahrungen anderer zu lernen, um von vorneherein eigene Fehler zu vermeiden.

 

愚者は自分の経験に学ぶが、私はむしろ他人の経験から学ぶことを好む。

 

そこで恋愛に関する歴史を専門的に研究する【恋愛歴史学】というコンテンツを立ち上げます。

理論を元に相手を魅了することを試みる演繹的なアプローチとる「恋愛工学」に対し、「恋愛歴史学」は実際に起きた歴史上の出来事、エピソードから帰納的に現代でも活かせることを見つけ出し、読者の素敵な恋愛を実現する事を試みます。

 

また、男性だけでなく女性にも楽しんで読んでもらいたいと思います。歴史書に女性の登場は必要不可欠です。

時代に翻弄される中で沢山の女性が自身の恋について文書を残しています。彼女達はどんな思いで恋を綴ったのでしょうか。

Twitterを少し離れ、より洗練された恋文を読んでみませんか?

 

恋愛歴史学の当面の目標は以下の3つです。

1.歴史を振り返り読者が素敵な恋愛生活を送るためのヒントを探し出す。

2.歴史文書の中に存在する様々なエピソードを紹介し読者に楽しんでもらう。

3.研究の中で発見した昔の人の変わったセックスを筆者が実践し調査報告する。

 

さて、前置きが長くなってしまいましたが第1回のテーマは古代ローマ帝国です。どうぞよろしくお願いします。

 

1.カルぺ・ディエム!「今日という日を摘みとれ!」

古代ローマと言っても約2000年という歴史上最も長く存続した政体なので、時期によって文化はかなり異なります。

今回はトラヤヌス帝の治世(1世紀くらい)の頃について書きたいと思います。

この時代のローマは世界最強の帝国でした。長いローマ史の中で最大の版図が実現された時代です。

当時、ローマは圧倒的な軍事力で周辺国家を次々と属州化し、交通を整備して物流を活性化しました。

 

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各地から大量の物資と奴隷がローマに流れ込んできており、支配階級であるローマ市民は人類史上最も豊かだったと言われています。そしてその性生活は相当乱れていました笑

 

彼らのの性に対する考え方や人生観はどんなものだったのでしょうか。

 

当時のローマは圧倒的な男性優位社会でした。厳格な家長父制で、家族で一番偉いのはお父さんでした。例えば妻が不貞を犯したり、息子が犯罪を犯したら、お父さんは自分の手で家族をぶっ殺す権利を持っていました。

基本的に女性は物であり、お金で買える商品でした。そして結婚は契約であり夫婦の間には愛情という感情がありませんでした。「古代ローマ人の愛と性」には以下のように書かれています。 

ローマ人(男性でも女性でも)に結婚の定義を尋ねたならば、「愛し合う二人がともに人生を歩むことを望み、結ばれること」などと答える者は一人もおらず、「実質的な義務であり、子供を儲けて社会と国家に新しい活力を与え、偉大なるローマを築くための、市民としての社会的な責務」と答えるはずだ。要するに、彼らにとっては結婚も兵役もさほど変わらなかったのだ。...(中略)...結婚によって別の一族との縁戚関係を築くことで、自分たちの経済的、政治的、社会的権力を拡大することができた。 

 

例えば商売で財を築いた商人が、資金繰りに困った貴族の娘と結婚することで、商人は貴族としての身分を手に入れて上流階級の仲間入りを果たし、逆に娘の父は資産を手に入れることが出来ました。

結婚とはただの契約であり、ツールであり、ローマと一族を発展させるための義務であり、女性はそのための道具だったのです。

夫婦間で年齢差は大きく、女性はだいたい12歳くらいで処女のままおっさんと結婚させられました。

 

そしておもしろいことに妻には夫に毎日キスする義務が法律で定められていました。

それはワインを飲んでいないか調べるためです。ワインを飲んだ女性は酔っ払ってほかの男と淫らな関係を持つと決めつけられていたのです。もしキスの時ワインの臭いがしたらぶっ殺されていました。

当然男にはこうした規則はありませんでした。

 

しかし、上記のように厳しい貞操義務が課せられていたのは名門貴族の娘に限られた話でした。

中産階級、奴隷、解放奴隷、娼婦などの他の身分の女性は相当エロかったと言われています。例えば女性が快楽を得るために自ら腰を動かす騎乗位が存在していました。

ローマ人は騎乗位が大好きで男性優位の社会でも唯一ベットの上では女性が主導権を握っていました。

これは女性が社会的に弱かった時代では人類史上とても珍しいことです。ローマの女性が如何に性に対して積極的だったが伺えます。

 

また貴族も庶民も好んで乱行をしていました。セックスは現代のようにイヤラシイものと考えられていませんでした。ファルス「男根」は幸運や子孫繁栄のシンボルでありそれを模したアクセサリーや家具が人気でした。

 

ローマ人が信仰していた神の中でもセックスを含めた彼らの人生哲学を端的に象徴していたのがカイロスと言う神です。この神は過ぎ去ってしまう一瞬、つまり逃してはいけないチャンスを司っていました。カイロスはローマ人の人生観そのものでした。

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平均寿命が男性で41歳、女性は29歳だった時代では、死によって全てが奪い去られる前に、可能な限り素晴らしい成果を手にしながら、凝縮した人生を送るべきと考えられていました。

過ぎた昨日を考え、明日を心配する必要もありませんでした。彼らにとって大切なのは今生きているこの瞬間だけだったのです。

ゆえに人生から与えられているものは全て存分に味わい、愉しまなければなりませんでした。セックスや愛も神々からの贈り物であり。その場で逃さずに手にすべきものだと考えられていました。

 

狩りをして、公衆浴場へ行き、遊び、笑う。これぞ人生。」はローマ人が残した彼らのモットーです。

古代ローマは物が豊かだったとはいえ、不衛生で治安が悪く、大きな貧富の格差がありました。また、災厄や疫病や難産でバタバタ人が死んでいました。生活は厳しく常に死と隣り合わせだったのです。そして天国で報われるという概念もありませんでした。今より遥かに生きづらい世の中だったに違いません。

だからこそ、日々の美味しい食事やお酒、友人との付き合い、遊び、笑い、観劇、そしてセックスといった人生の悦びを心から楽しんでいたのです

 

僕は自分の環境に不満をばかり言いながらダラダラと毎日を送る人が嫌いです。

僕たちは幸い古代ローマより遥に豊かで安全な時代に生まれつきました。

せっかくこの世に生まれたのだから精一杯人生を楽しんだほうが良いと思います。

寿命が伸びたことで人類は生の尊さを忘れてしまったのでしょうか。

 

最後に皆様に僕が好きなホラティウスという詩人が書いたのラテン語の詩をお送りしたいと思います。

カルぺ・ディエム!「今日という日を摘みとれ!」

 

2.コラム 「古代ローマの金融日記」

古代ローマ人には現代人と似ていることも沢山あってとても面白いです。

例えば全財産を貢いだのに振られた男がブチ切れて女性を殺す事件が発生したり、愛のポエムを壁に落書きして返信し合うTwitter的なこともやっていました。

他にもエロ本や鏡プレイや体位のマニュアル本バイブコスプレプレイ(貴族風が人気笑)なんかもありました。

そして金融日記もありました。

 

オウィディウスというナンパ師はモテない男子向けにナンパの指南書「アルス・アマトリア(愛の技法)」を書いて、ベストセラーになりました。

彼のアドバイスを一部抜粋して紹介したいと思います。

 

 

 

 

 

最初に男性の方から女性に近づかなければならない。若い女性は人前で無節操な行動を取れないためだ。

女性に近寄ったら「お祈りの時の声色」で優しく話しかける。

甘いへつらいの言葉で彼女の心を巧みに捉えなければならない。美人だ、髪がきれいだ、華奢な指だ、小さな足だ、と褒めるのをためらってはならぬ。貞操な女性であっても、美しいと言われれば喜びを感じるものだし、処女は自分の容姿に気を遣い、自惚れているものだ。

大いに約束するがよい。約束は女性の心を引きつけるものだ。約束するときは、好きなだけの数の神にかけて誓うがいい。ユピッテルは天の高みから恋人たちの大げさな誓いに微笑み、実現することのない誓いをアイオウスの風に運び去らせる。

そしてうまく行かなかった時に元気づける言葉も残しておいてくれています。

多くの女性は、去ってゆく男を追いかけ、しつこくつきまとう男に対しては侮辱の眼差しを向ける

帝都ローマは世界中の美しいものが全て集まっているところなのだから、それにふさわしい女性を君に数多く与えることが出来るのだ。

 

非モテ向けのビジネスというのは2000年前からずっと変わらないようです。本当に興味深いですね。 

 

 

さて、長くなってしまいましたが、恋愛歴史学第1回講義は以上です。いかがでしたでしょうか。 

 

質問、要望、相談、おすすめ書籍、その他なんでも承ります。

ご連絡はめこ (@mekomekonyanyaまでお願い致します。

 

以上、よろしくお願いいたします。

恋愛工学界隈の芸人を配置してみた

こんにちは。めこです。

 

今回は古代ローマ時代の「奴隷制度」と現代の「恋愛工学生」について書きたいと思います。

 

紀元前1世紀ごろ、ローマでは戦争捕虜を殺さないで生かしておき、彼らを「奴隷」という身分にしていました。 

「奴隷」というのは他の人格によって労働力を物として所有・搾取・支配・売買される身分のことです。

当時の奴隷の大多数は農業に従事してましたが、仕事は肉体労働だけというわけではありませんでした。

たとえば教師とか医者とか会計士とか高度な知的労働もあって、そういった職業には頭のいいギリシャ人が充てられていました。

そして、ちゃんと給料も貰っていてお金が貯まれば自分を買い取って奴隷の身分をやめることもできました。

奴隷の所有者からすると奴隷は貴重な労働力なのでどんどん子供を産んでほしいと思われていました。

そして、高価な財産として大切に扱われていました。

 

逆に奴隷を所有する身分は「ローマ市民」と呼ばれていました。

彼らは朝から酒を呑んだり、一日中温泉に入っていたり、ゲロ吐くまで飯を食ったり、風俗のおねえさんとちょめちょめしたりしていました。

お金持ちなのに税金もかなり優遇されたりしていて、人生勝ち組の特権階級でした。

 

僕は文系で世界史を選択したのですが、この支配する側とされる側に分ける身分制度って世界中どこでもいつでもずーっと変わらないんですよね。

現代のサラリーマンってローマ時代の奴隷とあんまり変わらないなってほんとに最近になって気づきました。

 

学生時代に読んだタレブの本に

サラリーマンとは制度化された奴隷のことだとわからない人は、目が見えないか、さもなければサラリーマンかのどちらかだ

読みの鋭いカール・マルクスは、自分は会社員だと思い込ませたほうが奴隷はずっと飼いやすいのに気がついた。

って箴言があったのですが、当時は意味がわかってませんでした。

 

 

さて、話は変わりまして、僕は金融日記の読者です。

金融日記というのは藤沢数希さんという元外資系金融マンが女性とセックスできなくて困ってる非モテにどうやったらセックス出来るかアドバイスしてくれるメルマガです。

どうやってセックスまで持っていくか、その技術体系を「恋愛工学」と称して布教しているのですが、最近Twitterで大量発生している「恋愛工学生」というアカウントは「金融日記の読者」という意味です。

恋愛工学は、ハイスペなのにモテない男に向けられてブランディングされているので、読者の多くがハイスペ非モテです。

しかし、Twitterでは時々破格のスペックの持ち主が出現します。

 

さて、なぜこんなに長々と「奴隷制度」と「恋愛工学」について書いたかというと現代の身分制度を上手に表すグラフを思いついたからです。

そして、Twitterに登場する破格のハイスペ恋愛工学生もこのグラフ当てはめることが出来るんじゃないかと思いました。

下のグラフを御覧ください。

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このグラフは「自由度」のグラフです。

縦軸が時間、横軸が給料を表しています。

注意して頂きたいのは、これは「自由度」のグラフであって「量」のグラフではないということです。

どういうことかというと、どれだけ自分の労働時間/給料を自分で決められるかということを表しています。

そしてこのグラフは現代版の身分制度の配置です。

 

詳しく説明します。

 

①第二象限、A(あってるよね?)にいる人

この人は自分の労働時間は自分で決められるけど、給料は決められない人です。

飲食店で例えるならアルバイトです。

好きな時間にシフトを入れられるけど、時給は決まっています。

いわゆるフリーターという人たちです。

 

②第三象限、Bにいる人

この人達はサラリーマンです。

自分の給料も、労働時間も会社によって決められています。

飲食店で例えるなら正社員の人たちです。

彼らは現代版の奴隷です。

注目してほしいのが、年収2500万のシンガさんもBに配置されていることです。

給料の量ではなく自由度で決まるからです。

 

③第四象限、Cにいる人

この人達は、自営業者、社長です。

自分の給料は自分で決められますが、実はなかなか忙しく、自分の時間が取れません。

飲食店で例えるなら個人の居酒屋を経営している人です。

自分が料理したり、バイトの管理をしたりしないと店が回りません。

 

④に第一象限、Dにいる人

この人たちは働かなくても自分にお金が入ってくる仕組み・システムを持っている人たちです。

所有をすることを英語でownといいますが、この人達はオーナーと呼ばれます。

そして、自分の労働時間/給料を自分で決めることが出来ます

また、オーナーは余剰の資本をつかって次々と投資することが出来ます。

働かなくても収入源が増えていき、財が蓄積されていきます。

飲食店で例えるなら複数の店の経営権を持っていて自分では働かないけど、お金は入ってきて、

「次は海外に進出しちゃおうかなっ」

とか言っている人たちです。

他にもたとえば版権を持っている人とか、株の配当だけで暮らせる人とか、不動産収入がある人とかが当てはまります。

闇金ウシジマくんのあのババアです。

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さて、ここまで偉そうに分析してきましたが、このABCDの身分に貴賎はありません。

日本国憲法14条で定められているからです。

ただ、そういう仕組み、場所、状態というだけです。

 

こうやって整理して眺めてみると、キラキラ女子に人気の商社くん♡も外銀くん♡もコンサルくん♡もぜーんぶC(現代版の奴隷)に分類されることがわかります。

どんなにハイスペでもサラリーマンならCに分類されます。

就活って奴隷としての待遇が良い場所をめぐる競争なんです。

学生でも社会人でもABCDを俯瞰できるメタ視点を持って動いている人ってあまりいません。学校で習わないから。

このことに気づかない人は

「なんで給料は良いのに豊かにならないのか」

と、頭に?を抱えながらもんもんと一生サラリーマンをやっていきます。

 

繰り返しますが、このABCDに貴賎はありません。

ただ、自分がどこの場所にいるのか、どこで戦っているのかということを理解しておくことは大切だと思います。

 

どうしてこの人をここに配置したのか、誰をフォローしたらいいのか

というのは別の記事でまた偉そうに語りたいと思います笑

俺ここじゃねーよ!ってかたがいらっしゃいましたら修正いたしますので、

お手数おかけしますが@mekomekonyanyaまでご連絡ください。